映画についてのあれこれ ⑴

 

f:id:hawaiiart:20200723095034j:plain

昨日、久しぶりに北野武監督の『HANA-BI』を観た。もう何回観たか、分からない。見るたびに良く出来ているなと感心する。とりわけコロナで家籠りが長くなって、新作映画を中心に映画三昧の日々なのだが、見る作品も玉石混合というか玉より石が多い状態が続いていたからで、そういう時にこういう作品を見ると目が醒めるような体験をする。『HANA-BI』の何が良いのか、ある感覚が作品の最初から最後までぴーんと張られた糸のように緩みなく描き切られていたことだと思う。

退職した刑事が、彼の人生に次々におきた不運な出来事を通して生きることに疲れ果て、生そのものを倦んでいく。その感覚が、激しい暴力描写を挟みなら描かれていく。展開には乱れがなく、決して後戻りできない負のパワーがグイグイと直進していく。北野はこの作品を恋愛映画だと言っていたような記憶があるのだが、彼が作ると恋愛映画もこんな風になるのだ。しかも、悲劇的な物語でもあるのに、そこかしこに笑いの要素を散りばめてあるのも、奇妙にリアリティがあり、さすが漫才師出身の北野武らしいなと感心した。

笑いは悲劇の中でこそ深い味わいがあるというものだ。

笑つつ地獄へまっしぐらの『ソナチネ』にも似たような感覚が張り詰めていた。こういう映画は彼しか作れない気がする。

ただ、これらの作品が好きかというと、好きとは言い難い。上手いなあと感心するけれど好きとは言えない、もどかしい映画である。

久石譲の音楽は好きで、彼がテーマ曲を担当した北野作品は3割ほど作品の味わい良くなっている気がする。動画という料理に極上のソースが掛かっている感じだ。

作品を高く評価して何度も観るのだが、好きとは言えない、というのは映画好きが抱える面倒なモンダイだと思う。北野作品はそういう意味で悩ましい作品が多い。

では好きな映画とはどういう映画かというと、単純に自分に訴えかける何かがある映画、嬉しくてワクワクした映画、ハートをゴンゴン叩かれた映画ということになるのだと思う。その点から言うと北野作品は、上記のどれにも当てはまらない、つまりは私個人という人間の体験からは遠いところにある映画ということになるのだろう。

f:id:hawaiiart:20200723094132j:plain

しかし、犯罪映画だから好きなれないのではないのだ。実は犯罪映画の『野良犬』(黒澤明監督)はかなり好き、黒澤映画の中で一番好きな作品でもある。

暑い夏の日、バスの中で拳銃を奪われた新米刑事が主人公。迂闊にも銃を奪われ自責の念に押し潰されそうになりながら、必死で犯人を追っていく若い刑事は、何度も何度も捜査の糸口を見失っては焦り、それでも諦めずに何度も立ち上がっていく。その姿が、自分がかつて取り返しのつかないことをしてしまった時の体験と重なって、ヒリヒリと胸に迫ってくるのだ。

黒澤初期の白黒映画だが、戦後の混沌とした町の様子や、芸達者な俳優たちによって怪演される市井の人々の風貌がきちんと描きこまれて、黒澤らしい完璧な映画作りの萌芽が垣間見えるのも良かった。

私が失くしたのは拳銃のような物騒なものではなく、友の信頼であったり、父が大切にしていたものであったり、、。生きていれば、きっと誰も体験するようなことやものを失った。取り返しのつかないものの方が多いが、それが生きるということなんだろう。

そんなことを思い出させてくれる、そういう映画に出会える幸せを求めて、毎日映画を観続けている。