フェミニスト・アートの歴史

以下は2011年に米国で公開されたフェミニスト・アートに関するドキュメンタリー映画『!Women Art Revolution』(!W.A.R 戦争の意)の紹介文です。今見ても充分楽しめる映画で、ゲージュツが大爆発している。

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写真クレジット:A Zeitgeist Films Release


このドキュメンタリー映画は「あなたの知っている女性アーティストの名前を挙げてください」という問いかけから始まる。あなたは何人の名前をあげられるだろう。

フリーダ・カーロジョージア・オキーフ、ルイーズ・ブルジョア…10人の名前を挙げられる人はほとんどいないのではないだろうか。
本作は、アメリカで60年代後半から70年代にかけてフェミニストアート(以下FA)運動を担ってきた多くの女性アーティストのインタビューと、彼女らの活動や作品、パフォーマンスの貴重な映像を集めて見せてくれる刺激的な映画だ。


登場するアーティストの数40余名、私は彼女らの名前をまったく知らなかった。ところが、当時若かった彼女たちがユーモアを交えて女性アーティストを巧妙に閉め出し、差別する男性中心のアートワールドを語る映像に、同じ時期日本でウーマンリブの運動をしていた自分を見るような親近感を感じた。ともかく快活で元気いっぱいなのだ。そして21世紀になって当時を振り返る彼女たちの年齢を重ねた顔と内省を経た意見に、またしても自分が重なる。


監督はビデオアーティストのベテラン、リン・ハーシュマン・リーソンで、60年代後期から仲間の女性アーティストへのインタビューを映像として撮り続け、本作は彼女の40余年にわたる記録の集大成でもある。97年にティルダ・スワンソン主演で『クローン・オブ・エイダ』で初めて劇映画も作っている。詩人バイロンの娘で人類初のコンピュータ・プログラミングに関わったエイダ・ラブレスの物語で、アーティスティックで難解な作品傾向だが、本作は実に分かりやすかった。




FA運動といっても組織されて系統立てて展開された訳ではなく、西海岸や東海岸の大都市にいた女性アーティストたちが、公民権ウーマンリブベトナム反戦運動などの時代のうねりの中で、散発的に個人または小グループとして活動を展開していたようだ。だから、本作で紹介されるアーティストやその活動も多種多様。もっと見たい、一人一人の活動や作品をもっとじっくり知りたいという気にさせられた。


そんな中で大きな動きの一つは、ミリアム・シャピロがジュティ・シカゴを呼んで始めたカリフォルニア芸術大学(通称カルアート)のFAプログラムの開設かもしれない。シカゴはフレスノ大学でFAのクラスを教えていたのだが、彼女の生徒がFAについて演説をしている時に男が突然壇上に上がって彼女を殴るという事件があった。きっとラディカルな意見を述べていたのだろう。
シャピロがシカゴに声を掛けたのはそんな経緯があったようだ。二人はその後にウィメンハウスという建物を得て、そこで女性だけのクラスを開設して精力的な討論、作品制作、展示をしていく。シカゴの有名な「ディナー・パーティ」(注1)はこんな環境の中で生まれていったようだ。


本作を通じて強く印象に残った人はシカゴで、激しい調子で自分の意見を述べ立てる彼女を見ていて、ある日本の女性活動家を思い出した。FAというとシカゴの「ディナー・パーティ」がまず思い浮かぶのと同様に、日本のウーマンリブについて語ろうとすると必ず出てくる人だ。この二人、明快なビジョンと行動力を持ち、強烈な個性で他の女性たちを圧倒するパワフルな感じがよく似ている。
日本と米国という違いを越えて共通の資質をもった二人の女性が結果的にある時代を象徴するアイコンと化したのである。壮大な作品「ディナー・パーティ」は多くのクラフト・ウーマンたちの協力によって製作されているが、彼女らの名前を知る人はいない。本作のポスターにある「一人一人の女性の成功は私たちすべての成功である」というフェミニズムの理想は女性たちにとって実感されたのだろうか。だからこそ本作の意味は大きく、シカゴ以外にも多くのアーティストの仕事ぶりが紹介されているのは、うれしい。


地元のギャングを組織して世界一長い壁画を描かせたジュディ・バッカや、10年間近く偽装した人格と名前を持って生活をするという驚異的なパフォーマンスを続けたリーソン監督、全身に毛を纏うパフォーマンスをして女のアイデンティティに挑戦したアナ・メンディエタ、動物を解体する過程を「どこから肉は来たのか」という題名の衝撃的な連続写真にしたスザンヌ・レイシー、非装飾的なミニマル・アートに対向して、クラフトや装飾品などの女性の感性を作品に取り入れたジョイス・コズロフ、前出の「一人一人の女性の成功…」の名言をはいたホイットニー美術館で女性初のキューレーターになったマーシャ・タッカー、80年代後半になって美術館やギャラリーの性差別そのものへの抗議行動を開始した覆面女性グループ「ゴリラガールズ」の楽しい活動などなど、男性中心主義が支配するアートワールドの常識に挑むラディカルな作品や試みがいっぱい紹介されている。


最後に現在の若い女性アーティストがまったくFAの存在を知らされていないことが指摘され、先達たちの先見性や今日性を思うと残念でならなかった。リーソン監督の撮った貴重なインタビュー映像はスタンフォード大学のデジタル・コレクション・アーカイブにアップされているので、英語が苦手でない人はぜひ覗いてみて欲しい。


http://lib.stanford.edu/women-art-revolution

上映時間:1時間23分。


英語公式サイト:http://womenartrevolution.com/

注1:歴史や伝説上の著名な女性を39人選んで、彼女らの性器をイメージしたダイニングセットを陶器で製作し、巨大な三角形のテーブルに手製のクロスと共に展示した。